インスリン発見の歴史から糖尿病が「死の病気」でなくなった

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患者数の多い病気として糖尿病が知られています。糖尿病による合併症は恐ろしいものの、がんを発症したときほどのショックは受けないはずです。がんは死ぬ確率が高いものの、糖尿病は気を付けていれば一生付き合っていくことができるからです。

ただ、過去は糖尿病といえば「死の病気」でした。がんと同じように、年月の経過と共に体が衰えていって死を待つしかなかったのです。しかし現在では、医薬品の開発によって糖尿病への意識が変わっています。ここでは、インスリン発見の歴史から糖尿病について理解していくようにします。

インスリンの発見

インスリンはホルモンの一種であり、すい臓のランゲルハンス島と呼ばれる部分から放出されます。これは、1869年にドイツのランゲルハンスがすい臓に小さな細胞を発見したことがきっかけです。しかし彼は、その細胞がどのような働きをしているのかまでは解明できませんでした。

その後、すい臓に島状に散在した小さな細胞が糖の代謝に関わっているのではと考えられるようになりました。そこから、ランゲルハンス島と呼ばれるようになったのです。

それから年月が経ち、インスリンが発見されたのは1921年のことです。すい臓が糖代謝に関わることが分かっていたため、カナダのバンティングとベストは犬からすい臓を摘出することで、糖尿病になった犬を作成しました。この犬に対して、「すい臓の抽出液を投与すれば血糖値が下がるのでは」と考えたのです。

彼らの予想は当たり、抽出液の注射によって一時的に犬の血糖値を改善させることができました。すい臓エキス(インスリン)の抽出に成功した瞬間でもあります。そこでこの抽出液を14歳のトンプソン少年に注射しました。すると症状が回復し、他の患者に対しても用いられるようになりました。

インスリンの発見により、バンティングは1923年にノーベル賞を授与されています。インスリン発見のわずか2年後の出来事でした。

ただ、当時のインスリンは牛のすい臓から作られており、多くの不純物が混ざっていました。そのため、アレルギー反応を起こしたり薬の効き目が短くなったりと不都合な副作用を生じることがありました。

これを回避するため、インスリンの結晶化が試みられました。結晶にするためには、純度を高くしなければいけません。つまり、インスリンの結晶は「不純物がほとんど混じっていない状態」であることを意味します。

そうした中、1926年にはじめてインスリンの結晶化が成功しました。それからというもの、より純度の高いインスリンを得るための研究が行われ、現在ではアレルギーの出現や効果が薄くなるなどの問題は激減しました。

糖尿病昏睡や飢餓療法から救ったインスリン製剤

糖尿病で問題となるのは合併症です。血糖値が高いことで、腎症や網膜症、神経障害などを発症するのです。さらに症状が進行すると、糖尿病昏睡と呼ばれる状態にまで陥ります。糖尿病昏睡では血液が酸性に傾き、全身の器官が機能停止して脳にまで影響を及ぼします。

こうした状態を治療する方法として、当時は飢餓療法が実施されていました。よぶんな栄養を与えないことにより、できるだけ少ないエネルギー摂取量によって糖尿病の症状を抑えようとしたのです。

そのため当時の糖尿病は「糖尿病昏睡による死」「飢餓療法による厳しい治療」という選択しかありませんでした。もちろん、飢餓療法は一歩間違えれば餓死してしまいます。さらに、飢餓療法を実施したとしても結局は数年で亡くなってしまいます。

そういう意味では、医薬品の開発によって治療法が劇的に変化した疾患の一つとして糖尿病があります。かつては生きることのできなかった人であっても、インスリンの発見によって「一生付き合っていく病気」へと変わったのです。

1型糖尿病と妊婦へのインスリン

糖尿病といえば、生活習慣の不摂生によって起こると思いがちです。このような大多数の方が罹る糖尿病を2型糖尿病といいます。

ただ、中には痩せている小児であっても糖尿病を発症することがあります。このような糖尿病を1型糖尿病といいます。2型とは異なり、1型では内服薬ではなくインスリンの使用が絶対です。

また、中には妊娠によって高血糖状態に陥る人がいます。これを妊娠糖尿病といいます。糖尿病の内服薬は胎児に悪影響をもたらす危険性があるため、妊婦ではインスリン注射が用いられます。

そのため1型糖尿病患者や妊婦などにとって、インスリン製剤の開発は奇跡ともいえるくらい重要であったといえます。一つの薬が登場することによって、死の病気でなくなることもあるのです。